旧県社、名神大社、別表神社 筑波山神社 tsukubasanjinja
- 祭神
- 伊弉諾尊,伊弉冉尊
- 系統
- 17.多賀神社
- 住所
- 〒300-4352 茨城県つくば市筑波1 Map
- 電話
- 029-866-0502 筑波山神社 ホームページ
ひとくちメモ
筑波山南面の中腹に拝殿があり、男体山(伊弉諾尊=イザナギノミコト)および女体山山頂(伊弉冉尊=イザナミノミコ)に本殿が祀られています。
筑波山は、古代より山岳信仰の対象とされ『古事記、日本書紀』にそのご神徳が書かれています。
奈良時代の『万葉集』には筑波の歌二十五首が載せられ、常陸国を代表する山として親しまれたことがわかります。
延暦年間に法相宗の学僧・徳一が、筑波山知足院中禅寺を開き、
江戸時代に江戸城鎮 護将軍家第一等の御祈願所として徳川幕府の厚い庇護のもとで
筑波山神社のなかに仏教寺院がある神仏習合の形で、神と仏をともに祀った時代が長く続きました。
現在の拝殿の場所には、本堂があり、その脇には三重塔、現在の随神門は仁王門と呼ばれ、その脇には鐘楼がありました。
明治の廃仏毀釈で、護持院が取り壊され、そこに拝殿が建てられ、多くの仏教施設が取り壊されました。
なお、鐘楼は難を逃れ、筑波山の麓、慶龍寺に移され今でも見ることが出来きます。
動画
筑波山ケーブルカーの登山景色のビデオを掲載しています。
一の鳥居と大鳥居
一の鳥居は宝暦九年(1759)に造立された鳥居で、ここから上が神域とされています。
すぐに目に入 る朱塗りの大鳥居は山麓からもみることができます。
御神橋
3代将軍徳川家光公の寄進で造られ、5代将軍徳川綱吉公によって改修されました。
通常は渡れませんが、春と秋の御座替祭、年越祭のときのみ参拝者は渡ることが出来ます。
随神門
家光公によって寄進された八脚楼門です。
2度に渡って焼失し、現在の門は1811年に建立されたものです。
左側に倭健命(やまとたけるのみこと)、右側に豊木入日子命(とよきいりひこのみこと)の像が祀られています。
拝殿および境内社
ご利益は、祭神の二神から、縁結び、夫婦和合、家内安全、子授け、子育てなどです。
筑波山は古来より、道しるべとなってきました。このため、交通安全、旅行安全などにも御利益があるとされています。
遠く鹿島灘で操業する漁師も筑波山を目印にしていたといわれています。
御神水
お清めの水は、御神水として、境内から湧き出る水が使われています。
参集殿裏にある水源は、小さな鳥居もあります。
境内社
徳川家光の寄進で造られた春日神社・日枝神社が祀られています。
筑波山神社の裏手には朝日稲荷神社があり、別名出世稲荷と呼ばれています。
山頂の本殿
筑波山の山頂、男体山(871m)、女体山(877m)は二峰相並ぶため自然に男女二柱の祖神が祀られました。
筑波男ノ神(おのかみ)、筑波女ノ神(めのかみ)です。
山頂へは徒歩道、ケーブルカー、ロープウエイがあります。
ガマ石
元来「雄龍石」といい、傍らには「雌龍石」もあります。
一般には、永井兵介がこの石の前で「ガマの油」売り口上を考え出したことにより「ガマ石」と呼ばれるようなったそうです。
天浮橋
天浮橋は、日本神話によると、天上界と地上をつなぐ橋で、イザナギ、イザナミの両神が降臨したところとされています。
参拝した当日は、ケーブルカーで宮前駅から山頂駅まで登りましたが、女体山山頂では山の景色が霧一色に変わりました。