旧村社 八幡神社(酒丸) hachimanjinja
ひとくちメモ
24号線の酒丸交差点に建立されています。 創建は応永9年(1402)で、社記は残されていないため不詳です。
周囲は広い田園地帯で、近くに「未来に拓く」と記された平成21年(2009)に建てられた「畑地帯総合整備事業記念碑」があります。
記念碑の全文を記します。
この地は奈良時代、方穂郷・嶋名郷に属していたが、文禄4年(1595)の太閤検地で常陸国筑波郡下となり、
1362石の石高であった。
近世には、茂木藩領となり二宮尊徳仕法の教えを受けて農民に厳しい節約と労働を要求し、領主に対しても搾取を制限することにより
農村復興を成し遂げ藩財政の建て直しを行った。
明治以後旭村、豊里町、つくば市と変わったが、昭和41年(1966)に筑波研究学園都市の一部に指定され、
後に東光台研究団地が設立された。
しかし、無秩序に点在する農地や狭い農道は、大型機械や管理作業の効率低下を招き、農業経営を
不安定にしていたので抜本的な改革が望まれていた。
平成4年(1992)に県営畑地帯総合事業の計画が立案され、141.6ヘクタールの農地と地権者250名余の同意を得て
総事業費15億5千万円を要した本事業は、行政の綿密な指導や工事関係者の創意工夫、
地区役員及び地権者の熱意ある尽力により、16年の歳月を経て南北に走る幹線道路を中心に
他の道路網整備や区画整理を行い、計画的な生産出荷体制を確立させた。
平成17年(2004)には、つくばエクスプレスも開通し、全国的に脚光を浴びたこの地は将来への基盤が整い、
明るい光が射したと言えよう。
日本百名山の筑波山と緑豊かな大地を太古の昔より守り続けてこられた多くの方々に感謝し、
この地が永遠に発展していくことを念願して本事業を刻み、後世に伝えるものである。